研究テーマ

新しいバイオマテリアル: 脱細胞化生体組織

「脱細胞化生体組織」は、動物から採取した生体組織から、細胞を取り除いて残った組織をいいます。主成分はコラーゲンなどの細胞外マトリクス(Extracellular Matrices : ECM)と呼ばれるタンパク質群です。脱細胞化生体組織は1990年頃から盛んに研究され始めた比較的新しい素材です。欧米では特に関心が高く、すでに多くのベンチャー企業から様々な製品が生み出されています。脱細胞化生体組織は、もともと生体組織の代替物として開発されました。例えば血管や心臓弁を脱細胞して、もとの組織と同じ目的で利用します。研究や臨床応用が進むにつれて、脱細胞化組織が他の人工材料にはない、優れた機能を有することが次第に明らかになってきました。私たちの研究室では、脱細胞化組織の可能性を追求しています。

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脱細胞化生体組織

1)組織代替材料および組織再構築用材料として

脱細胞化生体組織の多くは同所性に用いられています。すなわち、脱細胞化血管を血管として、脱細胞化心臓弁を心臓弁として用います。いわゆる組織代替材料として人工材料と肩を並べて用いられています。組織代替材料に求められる特性は、移植後ただちに機能を発揮できること、炎症性が低いこと、長期に安定して機能すること、などです。人工材料は生体内で分解することなく長期に存在できます。一方、生物由来材料は生体内でのリモデリングの影響を受けやすいので、これまでは架橋反応等を施して安定化を図ってきました。脱細胞化生体組織は架橋反応を行わないことで、細胞を積極的に呼び込み、早期に生体と一体化する方法論で組織代替機能を発揮します。高機能な脱細胞化組織を作製するには、脱細胞化技術が重要であり、これを私たちの研究室でも研究しています。血管や角膜などでよい成果を得ています。

さらに、米国では心臓や腎臓などの臓器を丸ごと脱細胞化し、そこにiPS細胞、ES細胞から分化誘導した細胞や、間葉系幹細胞などの成体幹細胞を播種して、臓器全体を再生する技術開発が進められています。私たちの研究室では、同様のコンセプトに基づき、脱細胞化組織を用いた骨髄、脳、軟骨等の再生を試みています。

当研究室で開発した脱細胞化組織

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2)人工材料との複合化による新機能付与

脱細胞化組織は生体適合性・組織再構築機能を有する優れた材料です。これを積極的に応用する方法として、種々の素材と複合化することが考えられます。複合化する素材としては、低分子の化合物・薬物、脂質・タンパク質・多糖・核酸などの生体分子、ポリマー・セラミックス・金属などの人工材料が考えられます。

生体組織は緻密な構造をとっていますが、臓器や組織の成分構成の違いにより、細胞を除去した後の3次元的特性は異なります。例えば、血管や皮膚では細胞の組織に占める体積分率は低いため、脱細胞化前後での組織構造はほとんど変化がありません。一方、肝臓、心臓、腎臓など細胞の体積分率が高い臓器では、脱細胞するとわずかな細胞外マトリクスが残るだけで、空気中では形状を維持することができません。他成分との複合化には後者の組織は有利ですが、もともと細胞の機能が主体の臓器ですので材料としての応用は限定されます。一方、前者の組織については、生体に特有の物理特性を有し、材料としての広い応用が期待されますが、緻密組織であるため複合化に工夫が必要です。私たちの研究室では、皮膚をモデル組織として他の素材との複合化について基礎的検討から生物学的評価まで行っています。

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3)基盤的学術領域への貢献

脱細胞化組織を生体に移植すると、人工材料の場合にはみられないような種々の生体反応がおこります。そのうち最も興味深い現象は、移植した脱細胞化組織への細胞浸潤です。人工材料の場合には、浸潤する細胞はほとんどが炎症細胞か繊維芽細胞です。一方、脱細胞化組織の場合にはその組織にもともと存在していた細胞が浸潤し、元通りの形態に戻る場合が往々にして観察されます。損傷した組織で観察されるこのような現象を、細胞のホーミング(Homing)といいますが、脱細胞化組織は体外に取り出して洗浄加工を施しているにもかかわらず、すなわち液性因子の影響が少ない、もしくは全くない状況で同じような現象がおこります。私たちは、この現象の原因のひとつとして細胞外マトリクスの構造にあると考えて研究を行っています。例えば、脱細胞化骨髄を皮下に埋植すると、通常の場合には異所性に組織を移植すると生体に吸収されるのですが、私たちが調製した脱細胞化骨髄では異所性に骨髄様組織を形成します。このような現象を精査することで、生体内での細胞のリクルートやホーミングの原因を解明し、再生医療だけでなく、創傷治癒や臓器・組織の発生学に貢献したいと考えています。

脱細胞化骨髄の移植実験 

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 免疫制御を目指した細胞特異的脱着技術の創製と応用

がんに特異的に発現しているがん抗原が存在し、それらに対する免疫応答がヒトで誘導されるということが報告されました。それ以降、がん抗原を、ペプチド、タンパク、DNA等の形態で投与し、これらに対する免疫応答を増強することにより、がんを駆逐することを試みるがん免疫療法が行われています。しかし、多くの免疫療法でがん抗原特異的免疫応答が誘導されるにもかかわらず、十分に臨床効果が認められていません。その原因は、多くのがん抗原が自己抗原由来であるために、がんに対する免疫応答が免疫寛容すなわち免疫抑制状態になっているためです。その免疫抑制の機序として、腫瘍細胞内に浸潤し、自己抗原を認識して免疫反応を負に制御する制御性T細胞(Treg)が、抗腫瘍免疫応答を抑制しています。Treg細胞を担癌生体から除去すると抗腫瘍免疫応答が増強し、がんを拒絶できることが明らかとなっています。

また、Treg細胞は、移植免疫、自己免疫疾患において重要な役割を果たすと考えられます。Treg細胞の移植により、自己免疫疾患治療が可能であることが示されており、 薬剤によるTreg細胞の誘導とともに、Treg細胞の採取技術が注目されています。しかし、用いるTreg細胞の選別、採取量に問題があることが指摘されており、Treg細胞を効率よく、intactな状態で採取する技術の確立が望まれています。本研究では、Treg細胞をintactな状態で特異的・高効率に捕捉・回収する技術開発を行っています。

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高静水圧処理による新しい分子集合体の創製とDDSへの応用

疎水性相互作用、静電的相互作用、水素結合などの分子間に働く弱い相互作用を駆動力として形成される分子集合体は、その形成により新たな性質(機能)を発現することから注目されています。医工学分野においては、薬物・遺伝子などの輸送担体としての応用が検討されています。

分子集合体の形成は、分子の構成とともに溶液の濃度・pH、温度、圧力などにより変化します。また、物質の状態は温度、体積および圧力により決定され、圧力は温度と同様に状態を左右するエネルギー量です。私達は、6,000気圧以上の高静水圧下では分子間相互作用のうち水素結合が強調されることに着目し、高静水圧下での分子の集合状態制御を試みています。一例として、水素結合性高分子であるポリビニルアルコール(PVA)溶液への高静水圧処理によりナノ・マイクロ粒子、ハイドロゲルなどの異なる集合体が得られることを明らかとしました。

このような高静水圧誘起分子集合体に生体機能分子(薬物、タンパク質、核酸、無機物など)をハイブリッド化させることで薬物・遺伝子デリバリー(DDS・GDS)への応用に関する研究を行っています。PVAとプラスミドDNAの混合溶液への高静水圧処理により得られた複合体は、効率よく遺伝子を細胞内に送達することが可能でした。また、脂質二重膜からなるリポソームとプラスミドDNAの複合体への高静水圧処理にて膜構造変化とそれによる遺伝子導入効率の向上が示されました。

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 細胞外マトリクス(extracellular matrix: ECM)リモデリング

コラーゲンはECMを構成している主成分であり、医療での幅広い応用が検討されています。しかし、一般に用いられているコラーゲンゲルは機械的強度や寸法安定性が低く容易に吸収されるため、その応用には限界があります。

私たちの研究室では、生体組織の構造とその物理的・生物学的特性に注目し、コラーゲンを用いて物理特性に優れ創傷治癒を誘導できる新しいECMを作製することを目的にしています。生体組織は、コラーゲン、グリコサミノグリカンなどの多糖類およびエラスチンが特定条件下で繊維化されたものです。この生体組織形成過程を人工的に再現することで、コラーゲン組織体を作製します。

この研究の特色は、生体組織のミクロ構造と類似の構造を有する人工組織体を作製することにあります。生体組織の特徴はコラーゲン繊維を構成するコラーゲン分子の高い規則性(D-periodicity)です。この高い規則性は生体組織の物理的特性と組織適合性にとても重要です。私たちの研究室では、繊維化条件を詳細に検討することで、生体組織と同様のミクロ構造を有するコラーゲン組織体を作製することに成功しました。また、より生体組織に近い構造を有する多層コラーゲン組織体の作製にも成功しました。ここで作製されたコラーゲン組織体は、従来のコラーゲンゲルおよびコラーゲンフィルムよりも高い物理的特性を有し、さらに炎症反応が大幅に減少することを見出しました。このコラーゲン組織体を用いて、人工皮膚、人工角膜、人工腱などの軟組織の再生とともに、薬物送達システム用材料としての応用を目指しています。

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治療工学・細胞工学・その他

○治療工学

超音波メスの切断端は良好に接着することが知られています。この現象の原理を詳細に検討し、メカニズムを応用して、新しい生体組織接着装置を作製しています。(茨城大学 増澤教授・札幌医科大学 樋上教授との共同研究)

○細胞工学

 物理刺激が細胞の挙動に影響することが知られています。私たちの研究室では、細胞にナノレベルでの機械刺激を与えることで、接着・増殖・移動・融合・分化などを制御する方法論について研究を行っています。(豊橋技術科学大学 柴田研究室との共同研究)

○その他

 神経幹細胞移植においては、細胞生着率の向上が望まれています。溶液からゲルに変化するインジェクタブルゲルを用いた神経幹細胞移植に、遺伝子デリバリー技術を導入したインジェクタブルゲル遺伝子送達システムについて研究を行っています。(Collaborated with Stanford University Heilshorn group)

 脳内では、3次元のネットワーク構造が神経細胞により構成されています。生体外(in vitro)での神経細胞の3次元ネットワーク構築について研究を行っています。(東京工科大学 鈴木郁郎助教との共同研究) 


 

 共同研究

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